「負けたあと、どうする?」

――マイケル・ジョーダンと「自分を変える力」――
みなさんは、マイケル・ジョーダンという名前を聞いたことがありますか。バスケットボールをあまり知らない人でも、「ジョーダン」という名前や、空中を飛ぶようなシルエットのロゴを一度は目にしたことがあるかもしれません。圧倒的なダンクシュート、背番号23、そしてシカゴ・ブルズでの6度のNBA優勝。ジョーダンは、世界中の人々から「バスケットボールの神様」と呼ばれるほどの選手になりました。では、ジョーダンは最初から誰よりも強く、失敗とは無縁の天才だったのでしょうか。実は、そうではありません。高校時代には代表チームではなく、まずジュニア・バーシティ(二軍)で経験を積むことになりました。その後、大学で成長し、NBAでも頂点に立ちますが、プロでも大けがに見舞われ、さらに世界の頂点にいたときには、一度バスケットボールを離れて野球に挑戦しました。ジョーダンの人生をよく見てみると、そこには「勝ち続けた天才」の姿だけではありません。うまくいかない。負ける。思い通りにならない。そのたびに、「では、次はどうする?」と考え、自分を変えていく姿があったのです。
「選ばれなかった」少年時代
高校時代のジョーダンは、今の姿からは想像しにくいほど、まだ成長途中の選手でした。高校2年生のころ、上級生中心の代表チームではなくジュニア・バーシティでプレーすることになり、そこから悔しさをバネに練習を重ねながら力を伸ばしていきました。ここで大切なのは、「ジョーダンは最初から誰よりも優れていたわけではない」ということです。もし自分が選ばれなかったら、私たちはどうするでしょう。「自分には才能がない」「自分は人より劣っている」「どうせ頑張っても無理だ」。そんなふうに考えてしまうかもしれません。しかし、選ばれなかったという過去の事実は変えられません。変えられるのは、そこから先の自分です。練習する。体を鍛える。技術を磨く。自分に足りないところを見つける。そして、次のチャンスに備える。ジョーダンは、そうやって少しずつ自分を変えていきました。
得点だけではなく、「足りないもの」を磨く
その後、ジョーダンは名門ノースカロライナ大学へ進学します。ここでも、ジョーダンの成長には大切なポイントがあります。彼は、ただ「もっと点を取れる選手になろう」としたわけではありません。パス、ボールを扱う技術、粘り強い守備、そしてボールを持っていないときの立ち回りなど、目立ちにくい部分も徹底的に磨いていきました。名将ディーン・スミス・コーチのもとで学びながら、自分の得意なところだけではなく、「今の自分には何が足りないのか」を考え、それを一つずつ伸ばしていったのです。 1982年、大学1年生だったジョーダンは、NCAA全米大学選手権の決勝戦に出場します。試合終了間際、ジョーダンの放った劇的なシュートが決まり、ノースカロライナ大学は全米チャンピオンになりました。ここから一気にスターへの道を進んでいきます。しかし、成功したからといって、もう壁がなくなったわけではありません。むしろ、大きな成功のあとにも、次の「できない」が待っていました。
63点取っても、負けた
NBAのシカゴ・ブルズに入ったジョーダンは、世界中の注目を集める選手へと成長していきました。ところが、プロ2年目のシーズン、左足を骨折します。多くの試合を欠場し、コートに立てない歯がゆい時間を過ごすことになりました。どれだけ才能があっても、けがをすれば思うようにプレーできません。それでもジョーダンは諦めずに復帰し、1986年のプレーオフで王者ボストン・セルティックスと対戦します。そこでジョーダンは、なんと「63得点」を記録しました。これは当時のNBAプレーオフ記録であり、現在も破られていない1試合最多得点記録です。 ところが――その試合で、ブルズは負けました。63点も取ったのに、勝てなかったのです。試合は延長2回までもつれ、135対131でセルティックスが勝利しました。この出来事は、今回のテーマを考えるうえでとても重要です。「これだけ頑張ったのだから、必ず勝てる」とは限りません。最高のプレーをしても負けることがあります。では、そのときどうするのか。負けたという結果だけを見て、自分の可能性まで否定するのか。それとも、そこからまた何かを変えるのか。ジョーダンは、敗戦から学び、その後もさらに成長を続けました。
世界の頂点から、もう一度「初心者」へ
1991年から1993年にかけて、ジョーダンはブルズを3年連続NBA優勝へ導きました。普通なら、「もう十分だ」と思っても不思議ではありません。ところが1993年、ジョーダンは突然、バスケットボールから引退します。そして向かったのは、なんと野球の世界でした。ジョーダンはシカゴ・ホワイトソックスとマイナーリーグ契約を結び、1994年にはダブルAのバーミンガム・バロンズでプレーしました。 ここで面白いのは、バスケットボールでは世界の頂点にいたジョーダンも、野球では一人の新人選手だったということです。1994年の成績は127試合で打率.202、3本塁打、51打点、30盗塁でした。バスケットボールのような圧倒的な数字ではありません。でも、これを単純に「野球では失敗した」と考えるのも少し違います。長い間バットを握っていなかった人が、いきなりプロのダブルAで127試合に出場し、30盗塁を記録したのです。野球関係者の中には、その驚異的な努力と挑戦そのものを高く評価する人もいました。つまりジョーダンは、世界の頂点にいた自分をいったん横に置いて、「できないことを一から学ぶ自分」になることを選んだのです。これは、とても勇気のいることです。得意なことばかりを続けていれば、「上手な自分」でいられます。でも、知らない世界に飛び込めば、できないことばかりになります。それでもジョーダンは挑戦しました。

戻ってきても、すぐには元通りにならない
1995年、ジョーダンは再びNBAへ戻ってきました。しかし、戻った瞬間から以前と同じように無敵だったわけではありません。復帰したシーズン、ブルズはプレーオフでオーランド・マジックに敗れています。そこから、彼はさらに体を作り直し、激しい練習で自分を鍛え直しました。そして翌シーズンの1995-96年、ブルズは72勝10敗という当時のNBA史上最高レギュラーシーズン成績を残し、見事にNBA優勝を果たしました。その後、ブルズは1996年から1998年まで再び3年連続で優勝します。 一度頂点に立った人が、もう一度頂点に戻った。そう聞くと簡単に思えます。でも、その間には、けが、敗戦、引退、別の競技への挑戦、そして再びの敗戦がありました。だからジョーダンの人生は、「成功したから強くなった」という話ではありません。「うまくいかないたびに、自分を変える方法を探した」という話なのです。
「負け」をどう使うか
私たちの毎日にも、小さな「負け」があります。テストで思ったような点数が取れなかった。部活動の試合で負けた。覚えたはずの問題を間違えた。友達のほうが早くできた。そんなとき、つい「自分には才能がない」と考えてしまいます。でも、本当に大切なのは、「負けた」という結果だけではありません。
- 「なぜ負けたのだろう?」
- 「何が足りなかったのだろう?」
- 「次は、どこを変えてみよう?」
と考えることです。勉強時間を増やすのかもしれません。勉強する順番を変えるのかもしれません。問題の解き方を変えるのかもしれません。先生や友達に教えてもらうのかもしれません。基礎からもう一度やり直すのかもしれません。答えは一つではありません。大切なのは、「負けた」という結果を、自分を責める材料ではなく、自分を変える材料にすることです。
今日からできる「負け」の変え方
今日、勉強や部活、日常のなかでうまくいかないことがあったら、ノートやメモにこう書いてみてください。 「失敗した! じゃあ、次はどこを変えてみようかな?」 ジョーダンはキャリアの中で数千回のシュートを外し、数百回の試合に敗れました。しかし彼は「失敗を繰り返してきたからこそ、成功できた」と語っています。失敗や負けは、あなたの価値を下げるものではありません。「次はここを変えればもっと良くなるよ」と教えてくれる、最高のアドバイスなのです。
負けたあと、どうする?
これまで、このシリーズではさまざまな偉人たちの「可能性のひらき方」を見てきました。
- ライト兄弟は、失敗を「データ」に変えました。
- 本田宗一郎は、失敗から「工夫」を生み出しました。
- 山中伸弥は、「できない」を「まだできない」と考えました。
- ジェームズ・ダイソンは、当たり前を疑い、何度も試しました。
- ジョルジュ・ド・メストラルは、身近な出来事から「なぜ?」を見つけました。
- ヘレン・ケラーとアン・サリバンは、「どうすれば伝わる?」「どうすれば学べる?」を一緒に探しました。
- ウォルト・ディズニーは、うまくいかなかったとき、「次に何をつくる?」と考えました。
- 葛飾北斎は、「まだ、うまくなれる」と考え続けました。
- そしてマイケル・ジョーダンが教えてくれるのは、「負けたあと、どうする?」ということです。
負けることは、恥ずかしいことではありません。失敗することも、できないことも、それだけであなたの価値を決めるものではありません。大切なのは、その結果を見て、自分について何かを学び、次へ進むことです。 「何が足りなかっただろう?」 「どこを変えれば、次はもっと良くなるだろう?」 そう考えた瞬間、今日の「負け」は、明日の自分をつくる最高の材料になります。マイケル・ジョーダンが教えてくれるのは、「負けない方法」ではありません。負けたあとに、もう一度自分を変える方法です。 もし今日、何かがうまくいかなかったら、自分にこう問いかけてみてください。 「負けた。じゃあ、次は何を変えてみよう?」 その問いから、まだ誰も見たことがない、あなただけの次の一歩が始まります。

