「できない」を「まだできない」に変える 〜山中伸弥さんと未来を変えた挑戦〜

みなさんは、何かを一生懸命やっているのに、どうしてもうまくいかないという経験をしたことがありますか? 勉強でも、スポーツでも、楽器でも、ゲームでも、「頑張っているのにできない」と感じる瞬間は誰にでもあります。そんなとき、「自分には才能がないんだ」とあきらめてしまうこともあるかもしれません。
でも、本当に大切なのは、「できない」という結果そのものではありません。 「なぜできないのだろう?」 「何を変えれば、できるようになるだろう?」 そう考えて、もう一度前に進めるかどうかです。
2012年、世界中の人々を驚かせる研究成果によって、ノーベル生理学・医学賞を受賞した日本人がいます。その人の名前は、山中伸弥(やまなか しんや)さんです。
山中さんが生み出した「iPS細胞」という技術は、病気の原因を調べたり、新しい薬を開発したり、将来の再生医療につなげたりする可能性を持っています。しかし、そこにたどり着くまでの道は、決してまっすぐではありませんでした。 むしろ山中さんの人生は、「思い通りにならないこと」の連続だったのです。
「人を治したい」と医師になった山中さんと、最初の挫折
山中伸弥さんは、1962年、大阪府東大阪市で生まれました。神戸大学医学部を卒業し、1987年に医師となった山中さんは、整形外科医として患者さんの治療にあたりました。もともとは、けがや病気で苦しんでいる人を、自分の手で治したいという強い思いを持っていたのです。
ところが、医師として働き始めると、山中さんは大きな壁に直面します。 一つは、どれほど腕の良い医師でも、当時の医学では治すことのできない病気やけががたくさんあるという現実でした。そしてもう一つは、山中さん自身の手術の技術です。他の医師なら20分ほどで終える手術に2時間もかかってしまうことがあり、研修医時代には「ジャマナカ」と呼ばれていました。本人も後に、この経験が整形外科医としての道を考え直すきっかけになったと語っています。
普通なら、「自分は外科医に向いていない。自分には才能がない」と落ち込んでしまっても不思議ではありません。しかし、山中さんはそこで別の可能性を考えました。 「自分の手術で目の前の患者さん一人を治すことが難しいなら、病気の原因そのものを研究して、まだ世界にない治し方を見つけることで、もっと多くの患者さんを救えるのではないか。」
こうして山中さんは、患者さんを直接治療する臨床医の道から、病気の仕組みを研究する道へと進むことを決意します。
ここで大切なのは、山中さんが「失敗したから夢をあきらめた」のではないということです。 自分に合わなかった方法を見つけたからこそ、別の方法を探し始めた。 最初の挫折は、山中さんの人生を終わらせる出来事ではなく、次の道を見つけるきっかけになったのです。
アメリカでの研究と、予想外の「失敗」が教えてくれたこと
1993年、山中さんはアメリカのグラッドストーン研究所へ研究員として留学します。そこで遺伝子の研究を始め、日本に帰国した後も研究を続けました。 しかし、研究者になったからといって、すぐに成功したわけではありません。
アメリカで行った研究の一つでは、ある遺伝子を強く働かせれば、動脈硬化を抑えることができるのではないかと考え、遺伝子を働かせたマウスをつくりました。ところが、予想とはまったく反対の結果が出ます。マウスの肝臓が大きく腫れ、調べてみると、がんができていたのです。
「実験は大失敗だ」と考えて終わらせることもできました。しかし山中さんは、そこで「なぜ予想と違う結果が出たのだろう?」と考えました。 そして、この予想外の結果から、その遺伝子ががんと深く関係していることが分かっていきます。
これは、科学の面白さをよく表しています。 実験では、必ずしも予想どおりの結果が出るとは限りません。しかし、予想と違った結果の中に、まだ誰も知らない大切な情報が隠れていることがあります。
山中さんは後に、失敗について「Failure was telling me something very important(失敗は、とても重要なことを教えてくれた)」という趣旨の話をしています。
これは、みなさんの勉強やテストにもつながります。 テストで間違えた問題は、単なる「ダメな×印」ではありません。
- 「ここを勘違いしていた」
- 「この公式の使い方が分かっていなかった」
- 「この問題では、こう考える必要があった」
ということを教えてくれる、大切な情報なのです。 だからこそ、失敗したときに一番大切なのは、「失敗した」という事実だけを見ることではありません。 「この失敗は、何を教えてくれているのだろう?」 と考えることなのです。
「不可能」に近い研究への挑戦
日本に戻った山中さんは、もっと多くの患者さんを助けられる研究をしたいと考え、再生医療につながる研究に取り組み始めます。
当時、世界中で注目されていたのが「ES細胞」という細胞でした。ES細胞には、体をつくるさまざまな細胞へ変化できる性質があります。しかし、その作製には受精卵を使う必要があり、倫理的な問題もありました。 そこで山中さんは、ある大きな疑問を持ちます。 「普通の体の細胞を、もう一度、さまざまな細胞になれる状態へ戻すことはできないだろうか?」
もしそれができれば、受精卵を使わずに、ES細胞に似た性質を持つ細胞をつくれるかもしれません。 これは、当時の科学にとって非常に難しい研究テーマでした。
2000年、奈良先端科学技術大学院大学で研究室を持った山中さんは、この研究に本格的に取り組み始めます。たくさんある遺伝子の中から、ES細胞の性質に関係している可能性のある遺伝子を調べ、候補を絞り込み、組み合わせを変えながら何度も実験を繰り返しました。
科学の研究は、アニメや映画のように「ある日突然、大発見!」となるものではありません。
- 一つ実験をする。
- 結果を見る。
- 予想と違えば、原因を考える。
- 条件を変えて、もう一度試す。
その小さな繰り返しを、何度も何度も積み重ねていくのです。
そして山中さんが大切にしていた言葉があります。 それが、「VW」です。 これは車の名前ではありません。 Vision and Work hard(明確な遠い将来の構想を持ち、そこに向かって愚直に努力する)。 山中さんはアメリカ留学時代にこの考え方を教えられ、その後も大切にしていました。
どれだけ努力しても、目指す方向が分からなければ迷ってしまいます。 反対に、どれだけ大きな夢を持っていても、努力しなければ何も変わりません。 「どこへ向かいたいのかという構想」と「そこへ向かって努力すること」。 その両方が必要だったのです。
ついに生まれた「iPS細胞」
そして2006年、山中さんの研究チームは、大きな発見を発表します。 マウスの皮膚の細胞に、たった4つの遺伝子を導入することで、さまざまな細胞へ変化できる性質を持った細胞をつくることに成功したのです。 それが、iPS細胞(人工多能性幹細胞)でした。
さらに翌2007年には、人間の皮膚細胞からiPS細胞をつくることにも成功しました。これは、成熟した細胞を、再びさまざまな細胞になれる状態へ戻せることを示す、非常に大きな発見でした。
そして2012年、山中さんはジョン・ガードン博士とともにノーベル生理学・医学賞を受賞しました。 整形外科医として手術に悩み、「ジャマナカ」と呼ばれた経験を持つ山中さんが、世界中の研究者が注目する科学者になったのです。
ただし、ここで一つ大切なことがあります。 iPS細胞ができたからといって、すぐにすべての病気が治せるようになったわけではありません。安全性を確かめたり、病気の治療に役立てる方法を研究したりするには、長い時間が必要です。 だから、ノーベル賞を受賞した2012年は、ゴールというよりも、新しい可能性が大きく開いたスタート地点でした。
そして現在も、iPS細胞を使った病気の研究や創薬、再生医療への応用に向けた研究は続いています。2026年には、iPS細胞を使った再生医療製品が日本で世界初となる「条件及び期限付き承認」を受けるなど、研究成果は着実に実際の医療へと届き始めています。
「できない」を「まだできない」に変えよう
山中伸弥さんの人生を見つめ直すと、一度も失敗せずに成功した人ではないことが分かります。 整形外科医として手術に悩み、研究者になってからも思い通りの結果が出ない実験を経験しました。日本に戻った後には研究環境に悩み、研究を続けることさえ苦しくなる時期もありました。それでも山中さんは、研究をやめませんでした。
もし山中さんが、 「自分は手術が上手くできないからダメな人間だ」 「実験が失敗したから、自分には才能がない」 「こんな研究は無理だ」 と決めつけていたら、iPS細胞という発見にはたどり着かなかったでしょう。
みなさんもこれから、テストで思うような点数が取れなかったり、部活でレギュラーになれなかったり、努力しているのに友達に追い抜かれたりすることがあるかもしれません。 そんなとき、ぜひ思い出してほしい言葉があります。 「今の自分には、まだできないだけかもしれない。」
「自分にはできない」と思うと、そこで考えることをやめてしまいます。 しかし、「まだできない」と考えると、
- 「じゃあ、どうすればできるようになるだろう?」
- 「勉強の方法を変えてみようかな?」
- 「誰かに教えてもらおうかな?」
- 「もう一度やってみようかな?」
と、未来に向かって考え始めることができます。
「まだできない」は、「必ずできる」という意味ではない
ここで、一つ大切なことがあります。 「まだできない」と考えることは、「努力すれば必ず何でもできるようになる」という意味ではありません。
何度挑戦しても、どうしてもできないことはあるでしょう。自分には向いていないことに気づくこともあります。目指していた道を途中で変えることもあるかもしれません。
でも、それは必ずしも「失敗」ではありません。 山中さんも、整形外科医としての道をそのまま進むのではなく、研究者という別の道を選びました。
大切なのは、できない自分を責め続けることではありません。 「なぜできないのだろう?」と考え、 「では、別の方法はないだろうか?」と探してみることです。 もしかすると、今まで見えていなかった別の道が見つかるかもしれません。

今日からできる、一番小さなアクション
山中伸弥さんがすごいのは、ノーベル賞を受賞したからだけではありません。 うまくいかなかったときに、「なぜだろう?」と考え、そこから学び、方法を変え、もう一度挑戦してきたことがすごいのです。
さて、ここで少し胸に手を当てて考えてみてください。 みなさんも最近、学校の勉強や部活、習い事で『思うようにいかなかったこと』や『挫折しそうになったこと』はありませんでしたか?
もし思い当たることがあるなら、今日からすぐできるアクションを一つ提案します。 今日、ノートやスマホのメモに、たった1行だけ書いてみてください。
「今はまだ〇〇ができない。次は〇〇を変えてみよう。」
それだけで構いません。 「できない」で終わらせず、「まだできない」に変えてみる。 そして、「次はどうする?」を一つだけ考えてみる。
それは、山中さんが大切にしていた「Vision and Work hard」という考え方にもつながります。 自分がどこへ向かいたいのかという「Vision(将来の構想)」を描き、そこへ向かって「Work hard(泥臭い努力)」を積み重ねる。
その一歩一歩が、すぐに大きな成功につながるとは限りません。 でも、その途中で新しいことを学んだり、自分に合った別の道を見つけたり、思いもよらない可能性に出会ったりすることがあります。
山中伸弥さんの人生も、最初からノーベル賞というゴールが見えていたわけではありません。
- 目の前の患者さんを助けたい。
- 治せない病気を治したい。
- もっと知りたい。
- なぜだろう?
- もう一度やってみよう。
そんな一つ一つの思いと行動が、少しずつ未来を動かしていったのです。
未来は、最初から決まっているわけではありません。 今日の「なぜだろう?」 今日の「もう一度やってみよう。」 今日の「次は、ここを変えてみよう。」
その小さな一歩の先に、まだ誰も見たことのない、「君だけの未来」が待っているのかもしれません。
