「伝わる方法」を探した少女

――ヘレン・ケラーとアン・サリバン――

「伝えたいのに、伝えられない。」

 もし、自分の気持ちを言葉にできず、相手の話す声も聞こえず、目で周りを見ることもできなかったら、あなたはどうするでしょうか。自分の中には伝えたいことがたくさんあるのに、どうすれば相手に届けられるのか分からない。そんな状態が長く続いたら、きっと大きな苦しさを感じるでしょう。

 幼いころのヘレン・ケラーも、まさにそんな世界の中にいました。しかし、ヘレンの人生は、ある一人の先生との出会いによって大きく変わっていきます。その先生の名前は、アン・サリバン。二人が一緒に探し続けたのは、「どうすれば、この子に言葉が伝わるのか」という方法でした。そして、その方法が見つかったとき、ヘレンの前には、それまでとはまったく違う世界が広がっていったのです。

言葉のない世界で

 ヘレン・ケラーは、1880年にアメリカのアラバマ州で生まれました。しかし、生後19か月ごろに病気にかかり、視力と聴力を失いました。まだ幼かったヘレンにとって、突然、見ることも聞くこともできなくなった世界は、あまりにも不自由なものでした。家族が何を話しているのか分からず、自分の気持ちを言葉で伝えることもできません。

 ヘレンは家族と意思を伝えるために、自分なりの身振りをつくっていました。しかし、それだけでは伝えられることに限りがあります。「どうして分かってくれないの?」というもどかしさが積み重なり、幼いヘレンは激しく怒ったり、物を壊したりすることもありました。

 これは、ヘレンが「悪い子」だったからではありません。自分の中にはたくさんの思いや考えがあるのに、それを外の世界へ届ける方法が見つからなかったのです。

一人の先生がやってきた

 1887年、ヘレンが6歳のころ、家族はヘレンを教育してくれる先生を探しました。そして紹介されたのが、アン・サリバンでした。

 サリバン自身も、幼いころに病気のため視力を大きく失った経験がありました。盲学校で学び、教師としての道を進んでいたサリバンは、20歳のとき、ヘレンのもとへやってきます。

 しかし、サリバンが来たからといって、すぐに勉強が始められたわけではありません。ヘレンはサリバンを簡単には受け入れず、たたいたり蹴ったりすることもありました。

 サリバンは、ただ優しく接するだけではヘレンの学びは始まらないと考えました。まず必要なのは、「この人となら一緒に学べる」と思える信頼関係をつくることだったのです。

 そこでサリバンは、ヘレンと二人で家の離れに暮らし、生活の中で少しずつルールを教えながら、ヘレンとの関係を築いていきました。知識を教える前に、まず「一緒に学ぶための土台」をつくったのです。

「人形」と「指文字」から始まった勉強

 サリバンは、ヘレンの手のひらに指で文字をつづる「指文字」を教え始めました。

 たとえば、人形を渡しながら、ヘレンの手のひらに「D・O・L・L」と指文字をつづります。ヘレンは、サリバンの指の動きを正確にまねることができました。

 しかし、ここには大きな問題がありました。文字の形を覚えても、それが何を意味しているのか分からなかったのです。

 「D・O・L・L」という指の動きと、「目の前にある人形」という物が、どうつながっているのか。ヘレンには、まだ理解できませんでした。

 それでもサリバンはあきらめませんでした。人形だけでなく、食べ物や服など、身の回りにあるさまざまな物に触れさせながら、それを表す指文字を伝えていきました。

 すぐに結果が出なくても、サリバンは「この方法では無理だ」と決めつけませんでした。ヘレンの反応を見ながら、何度も教え方を試していったのです。

「WATER」の瞬間

 そして1887年4月5日、有名な出来事が起こります。

 サリバンはヘレンを井戸のポンプのところへ連れていきました。ヘレンの手に冷たい水を流しながら、もう一方の手に「W・A・T・E・R」と指文字をつづりました。

 そのとき、ヘレンは、それまでばらばらだったものが一気につながったことに気づきました。

 手に触れている冷たいものにも名前がある。そして、これまで手のひらに書かれていた指文字は、単なる指の動きではなく、目の前にある物や出来事を表しているのだ、と理解したのです。

 ヘレンは地面に触れ、周りにある物の名前を次々と知りたがりました。その日だけで、約30の新しい言葉を学んだとされています。

 「WATER」という言葉を理解したことは、単に一つの単語を覚えたということではありません。それは、**「言葉によって、自分と世界をつなぐことができる」**とヘレンが発見した瞬間だったのです。

「できること」を増やしていった

 ここからヘレンの学びは、さらに広がっていきました。

 ヘレンは点字を学び、タイプライターで文章を書き、さらに話すことにも挑戦しました。相手の口や喉に手を触れ、その動きや振動を感じながら、発音を練習したのです。

 もちろん、簡単なことではありませんでした。耳で自分の声を聞くことができないため、発音を正確に身につけるには大きな努力が必要でした。それでもヘレンは、できないことがあるたびに、「できないから終わり」と考えるのではなく、「どうすればできるだろう?」と方法を探しながら学び続けました。

 その後、ヘレンはさまざまな教育機関で学び、1900年にはラドクリフ大学に進学します。授業では、サリバンが隣で講義の内容を指文字で伝え、ヘレンは点字の教科書などを使って勉強を続けました。

 そして1904年、ヘレンは盲ろう者として初めて学士号を取得し、ラドクリフ大学を卒業しました。

 これは、ヘレン一人の力だけで成し遂げたものではありません。ヘレン自身の学ぶ力と努力、そしてサリバンをはじめとする周囲の人々の支えがあってこそ、実現したことでした。

「失敗しなかった人」ではない

 ヘレンの人生を「失敗のない完璧な偉人伝」として捉えると、大切なことを見落としてしまいます。

 実は11歳のころ、ヘレンが書いた物語「フロスト・キング」が、以前に読んだ別の物語とよく似ていたため、大きな問題になったことがありました。ヘレンは過去に読んだ物語の記憶が残っていることを意識しないまま、自分の物語として書いてしまった可能性が指摘されています。

 この出来事によって、ヘレンは深く傷つき、文章を書くことにも悩むようになりました。

 しかし、その後もヘレンは文章を書くことをやめませんでした。やがて自伝を出版するなど、自分の考えを文章にして、人々に伝え続けました。

 ヘレンもまた、最初から何でもできた人ではありません。間違えることも、傷つくこともありました。それでも、そこですべてをあきらめるのではなく、その後も学び、表現することを続けたのです。

ヘレンの力は、一人だけで生まれたものではない

 「ヘレンは障害を自分の努力だけで乗り越えた」と考えるのは正確ではありません。見えない、聞こえないというヘレンの困難が、努力によって消えてなくなったわけではないからです。

 では、なぜヘレンはここまで学ぶことができたのでしょうか。

 その答えの一つが、人との関係の中で、自分に合った学び方を見つけていったことにあります。

 サリバンは、知識を一方的に教え込むのではなく、ヘレンの様子をよく観察しました。そして、「どうすれば伝わるのか」「どうすれば理解できるのか」を考えながら、教え方を工夫しました。

 ヘレンもまた、サリバンを信頼し、自分から知りたいことを求めていきました。

 二人は、単なる「先生と生徒」という関係だけではありませんでした。「どうすれば伝わるのか」「どうすれば学べるのか」を、一緒に探していく関係だったのです。

学ぶとは、「自分に合う方法」を見つけること

 これは、ヘレンだけの特別な話ではありません。

 私たちも学校で勉強していると、「自分は数学が苦手だ」「英単語が覚えられない」「どうせ自分には無理だ」と悩むことがあります。

 でも、「できない」と感じたときに、すぐに自分の限界を決めてしまう必要はありません。

 説明を聞くだけでなく、図にしてみたら分かりやすくなるかもしれません。

 見て覚えるだけでなく、書いたり声に出したりすると覚えやすくなるかもしれません。

 一人で悩むより、友達や先生と一緒に考えた方が、自分の力を発揮できるかもしれません。

 大切なのは、「自分はダメだ」と終わらせることではありません。

 「自分に合った別の方法はないだろうか?」

 そう考えてみることです。

 できないことがあったとき、それは「自分に才能がない」という意味ではなく、まだ自分に合う方法を見つけていないだけなのかもしれません。

「伝わる」をあきらめない

 大学を卒業したヘレンは、その後も本を書き、世界各地を訪れながら、障害のある人々のための活動を続けました。日本にも訪れ、多くの人々と交流しています。

 幼いころ、自分の思いを伝える方法さえ持っていなかった少女が、やがて世界中の人々に自分の考えを伝えるようになったのです。

 それは、ヘレンの困難がなくなったからではありません。

 自分の持っている力を活かす方法を、人との関わりの中で探し続けたからです。

 そして、そこにはいつも「どうすれば伝わるのか」「どうすれば学べるのか」という問いがありました。

次に「できる方法」を探すのは、誰だろう

 これまでの偉人たちも、それぞれ違う問いを持っていました。

 ライト兄弟は、失敗を「データ」に変えました。

 本田宗一郎は、失敗から「工夫」を生み出しました。

 山中伸弥は、「できない」を「まだできない」と考え、方法を変えました。

 ジェームズ・ダイソンは、当たり前だと思われていた仕組みを疑い、何度も工夫しました。

 ジョルジュ・ド・メストラルは、身近な出来事の中に「なぜ?」を見つけました。

 そして、ヘレン・ケラーとアン・サリバンは、「どうすれば伝わる?」「どうすれば学べる?」という問いに向き合い続けました。

 大切なのは、何でも一人で完璧にできる人になることではありません。

 自分には何ができるのか。どんな方法なら力を発揮できるのか。そして、誰と一緒に考えれば、自分の可能性をさらに広げられるのか。

 それを少しずつ知っていくことも、「学ぶ」ということなのではないでしょうか。

 もし今、「自分には無理だ」と思っていることがあるなら、そこで終わらせないでください。

 「どうすればできるだろう?」

 「どんな方法ならうまくいくだろう?」

 「誰と一緒に考えたら、もっと分かるだろう?」

 そんな問いを、ノートに書いてみてください。

 ヘレンとサリバンが教えてくれたのは、困難を消し去る魔法ではありません。

 困難があっても、自分の可能性をあきらめず、人とつながりながら、自分に合った方法を探していく姿勢です。

 そして、その「方法」は、最初から誰かが答えを持っているとは限りません。二人で考え、試し、失敗しながら見つけていくこともあります。

 ヘレンが「WATER」という言葉を通して世界とのつながりを見つけたように、私たちにも、まだ知らない「できる方法」があるのかもしれません。

 さて、あなたが「自分には無理かもしれない」と思ったとき、これからどんな方法を探してみますか。